田舎のまちの魅力は「人生の実験」ができること_TDC1限目 若新さん

田舎のまちの魅力は「人生の実験」ができること_TDC1限目 若新さん


長坂さん主催の豊橋だいすきカレッジ1限目 :鯖江JK課の生みの親、若新さんの講演会に行ってきました。
比喩、対比をたくみに使い、伝えるメッセージが明確になっている若新さんの話にすごく惹き込まれました。
その端麗な容姿以上に。いずれにせよ、あっという間の2時間でした。
JK課で有名な若新さんですが僕にとってはゆるい移住のお話の方が興味深かったです。

 

「人生の実験」をしにきている。
なぜ”ゆるい移住”に参加したのか?という問いに対して、参加した若者はこう答えたそうです。
僕は自分がなぜUターンしたのかを説明してもらえた気がしました。
どうしたら自分は楽しく暮らしていけるのか、を試したくてUターンした、
それができるスペースが豊橋の方が少なくとも東京よりは大きい気がした、というのが今一番しっくりくる説明です。
では、本当に豊橋の方がそのスペースが東京より大きいか?
若新さんはこの問いにpresidentのなかで、以下のように書いています。これはすごく核心をついた答えだと思います。
いくら稼げる仕事があっても、それに忙殺されてしまえば新しいことを挑戦する時間はつくれないし、貯蓄の少ない20代の人が、日々暮らすだけでかなりのお金が必要な都会の中で、収入を気にせずに時間をかけて模索する、ということはほとんど不可能です。

 

 田舎の方がなぜ実験しやすいのか。
人生の実験ができる空間には若新さんの話(生活の余裕)に加えて次の2つのことが必要だと考えています。
  1.  他者とのflatな関係:上下関係のない状態、最終的に個人意見を尊重、 e.t.c.
  2. 試行錯誤に対する寛容性:リスクの低さ、恥の少なさ、e.t.c.

 

これはlow contextな社会と言い換えられると思います。
low contextな社会の方が人生の実験がしやすい。
どこかで言われているかもしれませんが、自分の考えでは一般的には、
– 一定の空間に大量の人がいる空間はhigh contextになる傾向が強い。(e.g.東京などの都会)
– 一定の空間にあまり人がいない空間はlow contextになる傾向が強い。(e.g.豊橋などの田舎)

 

限られた空間で各人が好き勝手に自分の希望を主張していたら、大量の人が住むのは難しいでしょうから。
これはDenmarkに住んでいたときに東京とコペンハーゲンの違いとして強く感じたことでもあり、
low context => 人生の実験がしやすい => 個人の人生への満足度があがりやすい、という流れがあるように思います。

 

ここで豊橋には当てはまらないのではないか、という問いが出てくると思います。僕は、以下のように思います。
1.に関して、会社、町内など内部とよそ者を非常に強く差別するのが田舎の慣習だと思っています。
ゆえに外部から来た人は年齢や属性より大きな”よそ者”というくくりがつくため、内部ルールが適用されずflatな関係がつくられやすいと思います。
2.に関して、周りからの風当たりは田舎の方が強いと思います。反面、繋がりや縁故によって物事が進んで行く傾向から金銭的なリスクは低くなると思いますし、話を持っていく際にも気軽に持っていくことができると思います。

 

まだUターンして5か月ですが、少なくとも自分にとっては東京より豊橋の方が動きやすい環境だと感じます。
今まで僕が享受してきた「走ることで世界との繋がりを感じられる喜び」をこれからもっといろんな人にも伝播させていけたら、というのが今の思いで、その中で豊橋のまちなかとも関わっていけたらいいなーと思っています。

 

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実はこの講演会、直前までホールが埋まらないかもという予感もありましたが、蓋を開けてみたら約60人、中学生、高校生、大学生、社会人、10代〜おそらく50代後半まで 幅広い年代の方が参加されていました。
しかも半数以上の方は当日券での参加で。
豊橋は閉鎖的とよく言われますが、皆さん危機感を持っておられるようで、どうしたらflatな意見をより取り入れていけるのかについての質問が多くありました。

 

こうした場の設定が身近にあることには大変貴重なことだと思います。
そしてこの当日券でフラッと参加して、話を聞いて。。。
というyuruiコミュニケーションが豊橋ではどうなるのか?1年後が楽しみです。
主催の長坂さん、ありがとうございました。

 

次回は6/12 14:00- 大宮透さん、だそうです。
では。
 

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